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仲間を疑う

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  初めての作家さん。 洋輔は高校の同窓会で仲間と久しぶりに出会う。その会に体育の暴力教師Kも参加していた。仲間から あのKを拉致しようともちかけられる。「高校時代さんざん痛めつけられて それがトラウマになっている我々は このままじゃ、あの時の気持ちを一生引きずっていなければならない。なんとかしよう」と。 4人で何度も打ち合わせをして 細かい案を綿密に練った。雨の中拉致してさびれた場所で縛り上げ放置し、 成功!と思ったが その後Kが 死体で見つかる。 誰にも知られるはずのない場所に放置したのにいったいなぜ? と 4人それぞれに疑心暗鬼になり 拉致した場所と死体が見つかった場所との関係で【自分たち以外には考えられない】と仲間を疑う。 登場人物もそれほど多くなく恋人なども洋輔との関係性も分かりやすく サクサクと読める文体で 面白い!と思いながら 犯人は? きっとこの人? あれ、ちがう? こっちの人? じゃないの? など私もいろいろ推理して 楽しみ 犯人を知りたくて急いで読んだ。 でも最後は全く違う展開。思ってもいなかった~~ 400字詰め原稿用紙554枚 ページ数で言えば353頁、 犯人は誰?という思いで休むことなく読んでしまったが 終わりにはちょっとがっかりした。せっかく面白かったので 結末はもう少し違ったものにしてほしかった・・・・・これはちょっとひどすぎるよ~~ 😿

きっかけ

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このところ図書館では「感染症対策のため,館内の滞在時間は30分以内をめどにお願いいたします」という放送が流れている。滋賀県でも緊急事態宣言が出され 近くの市の図書館は閉鎖されているところもある。幸い、ここの図書館は空いているので借りたい本をメモしていき、検索して借りるが 思う本がない時には 本棚の間を通りながら目につく本を手当たり次第に借りてくる。時には全く思っていた内容ではなく途中で断念した本も数冊、7月8月に読んだ本は18冊、借りてきても最後まで読めなかった本は3冊。読んだ本もどうってことない(こんなこと言ったら作家さんには失礼だけれど)ものばかりで 文字通りひまつぶし!!   千原ジュニアさんて 何回かテレビ番組で見たことがあり 好感をもっていた。この本は中身も見ずに 手にとり読んでみた。 正直、衝撃!!の本だった。 自伝でもあるようだが 感受性豊かな思春期の14歳の一年間の 本人もどうしていいのかわからない、自分がどうしてカギをかけた部屋に閉じこもっているのか、どうして一日中パジャマ姿で過ごしているのか、本人さえも分からない、中高一貫校に入学したのに 皆と一緒の服を着なければのはなぜ?、同じ行動をしなければならないのは何のため? などの様々な葛藤を とても分かりやすい文章にまとめている。プチンプチンと切った文章で 自分が本当に戦うべき場所を探しながら もがき苦しんでいる様子が伝わってくる。 学校に行かず閉じこもっている息子に対して 両親はけんかが多くなったようだし 母親が腫れ物に触るようにしているのにまたむかついたり・・・・ 結局ジュニアさんは4歳上のお兄さんが無理やり芸能界に連れ出してくれ 一年間の引きこもりから 解放される。 おばあちゃんの存在も大きかったように書いてあるが おばあちゃんもお兄さんも そしてご両親も素晴らしいから 今のジュニアさんがあるのだと思う。そしてそういうつらい日々を過ごしたジュニアさんだからこそ 今のジュニアさんが存在しているのだろう。 そして 次の本 この本は題と表紙の絵の色調に魅かれ借りてきた。 これは10編の短編集。 最初は「おはなしして子ちゃん」だが その子と言うのは何と学校の理科室のホルマリン漬けになっている小猿の標本。突然「なんでもいいからおはなしして」と話をせがむ。びっくり。ホラーだった。 この本の扉を開くと...

旅での出会い

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短編集 4話からなる   どの話も、ちょっと疲れてしまった主人公が、旅に出て訪れた先の出会いや自然に力をもらって また動き出していくというストーリー。   旅をするということは人と出会うということで、人と出会うということは新たな価値観を獲得するということ。なかなか飛行機や新幹線で隣り合わせた人と その後も影響を与え合うような関係性を持つという出会いは 少ないとは思うが コロナ禍でどこにも行けない日々が続いている今、こんな話を読むと 「あ~どこかへ行きたい」としみじみ思う。 第2話は 「 旅をあきらめた友とその母親への手紙」 仕事に疲れ切ったハグが昔の友達ナガラに出会い 年に数回二人きりで旅に出る。ハグはナガラの前では 気取らず自分を出せて 生きる活力を取り戻していく。しかし、ナガラの母親が病に倒れ、ハグだけ一人で旅に出ることに・・・・旅の途中でナガラから長文のメールをもらう。ナガラが病気の母親のそばにいて自分のこれまでのことを思い、母のありがたさに気付くメール。ハグはその長文のメールを何度も読み返し 宿のテーブルの上の便せんに ナガラのお母さんに手紙を・・・・ここがなかなか良かった。 第3話  「 冬空のクレーン 」 この話は雪の釧路の風景が出てきて 丹頂鶴の鶴居村が出てくる。義兄の家族が鶴居村に住んでいたことがあり 私も訪れたこともあってこの話もなかなか良かった。

感情と理性

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  作者の母上は65歳のころ、アルツハイマー型認知症と診断されたそう。社交的で趣味も多く、何事もてきぱきとこなすお母さんだったそうだが 何もせず、ぼんやりしていることが多く、料理の手順も思い出せなくなり 「まさか」と思いつつも父上と一緒に診察を受け アルツハイマー型認知症との診断を受けた。 作者自身は大学からずっと10年以上脳科学者として講義も行ってきており、「認知症は誰でも年齢を重ねるとなる可能性がある」ことを知っていたが 母が変わっていくのを見るのがつらく 日記をつけ始めたそう。 独身でずっと両親とともに暮らしてきて 母親とはとても仲もよく信頼もしあってきたそうだが 変わっていく母親に時にはイライラしたり、嘆いたり怒りを感じたこともあったようだが そのうち 母の行動をご自分の学問上の知識から 考えるようになっていって・・・ それまでは料理をしたことがなかった著者は 母親と一緒に台所に立ち、母親のできることをしてもらいながら 病気のことの洞察も深めていく。 父上は散歩を一緒にしながら 「気持ちの良いことをする」ことで 母の日常を少しでも穏やかに過ごせるように考えていく。 認知症でも感情は残っているそうで 自尊心を傷つけられれば怒る。その時本人は何に怒ったのか忘れてしまっていても 怒りだけが残っているようだ。脳の中でも感情の方が理性よりも安定していて 病気でも壊れにくいようである。 やはり 普通の娘とは違い 母親の行動を理解していこうとする部分には 「さすが!」とおもった。 しばらくして 少しずつ母親を理解できるようになって絢子さんが お母さんにかける言葉や お母さんがやはり母親として絢子さんにかける言葉の場面など 何度か ぐっとくるものがあった。 「 母と一緒で嫌なこともあるけれど、嬉(うれ)しいこと、学べることがたくさんある 」「 理解力が衰えて、なお残っているものが、母が人生の中で大事にしてきたものなのではなかろうか 」 あとがきに 出版社の方がこれを読んで脳科学の追及に一緒に手を貸してくれ、母上のネガティブな行動にも「こういうことではないですか」などヒントを与えてくれて 時に感嘆して接することができたそう・・・ よく「趣味を持つこと」「多くの人と接すること」「運動すること」など 認知症にならないために言われていることがあるが 私は 「そうとばかりはい...

夫婦

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 重松サンの本は7,8年前(もっと前かも?)まで はまって 図書館に行くたびに新しい本を見つけ借りてきて ここの図書館にある本はすべて読んでしまった。ただ、「お涙ちょうだい」的な設定に急に嫌気がさしてしまい、しばらく遠ざかっていた。 2013.7第1刷のこの本は その後に発行されたということか‥‥ 400頁、2段組み、かなりの文字数だけれど 読みやすかった。 50歳近い三人の仲良し男性とその夫婦関係、そこへ絡んでくる若い男女とその親。家族とは・・と考えさせられ、日常の食生活についても 感じるところが多かった。重松サン自身たぶん料理に造詣が深いのだと思うが 随所においしそうな料理が出てくるし、またどこにでもある調味料などをつかって ササッとごちそうらしいものが作られる様子に いくつか真似したいと思ってメモをとった。 「ファミレス」っていうのは「ファミリーレストラン」の略だと思うが 「ファミリー レス」ともとれる、なんてうまいこと言うなぁ。 ちょっと怪しげな料理の先生エリカ先生が 3色のプリンを作った。卵の黄身だけを使用したもの、白身だけを使用したもの、全卵を使用したもの。それを皆に味わってもらって言った言葉。 黄身と白身という全然違うものが一つの殻に入っていてそれぞれにおいしいけれど 二つ合わさった時のおいしさは最高。 別々のものが一緒になっておいしくなるのはまさに家族でしょ?卵には殻が必要なの、殻がないと外に流れてしまう。家族にもうっとおしいかもしれないけれどカラみたいな存在が大切なの、それが厳しいおばあちゃんだったりするの 不登校の子の家にいる厳しいおばあちゃんのことをさりげなく例えているのかな。 仲良し三人はそれぞれの問題を抱えていて 一緒に料理をしたりファミレスで食事したりしながら 相談したり一緒に考えたり・・・でも女性はともかく 男性が中年になっても家族ともども交流しているってなかなか素敵だと思う。

原発ゼロ

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2011.3.11の東日本大震災の時の福島第一原子力発電所の事故以来、 原発の恐ろしさを実感していて 今後の世の中で一番の心配は 原子力発電ではないかと思っていて この本を予約し、借りることができたので読んでみた。 う~ん 難しかった~~  大震災当時首相だった管(かん)直人氏の作 ふだん軽い小説ばかり読んでいるのでなかなか頭に入って来なくて メモ用紙を用意してところどころ 書き留めておいて 読み進めた。 通常の火災や爆発などの事故では10年たてば ある程度がれきは撤去され、爆発物も取り除かれ 装置のあった敷地は更地になり 新しく施設などができるだろう。 原発事故の場合、その本体はその場所に残り 更地に戻すことはできず 今後跡地をどうするかの計画を立てることすらできない。土地だけではなく周辺に住んでいた人々は従来の住んでいた場所に帰ることができない。その人々にとって何とつらい選択を迫られていることか…これがほかの事故とは違う放射能の怖さだと思う。 比較するのが適切ではないのかもしれないが 阪神淡路大震災も衝撃的な事故だったが 数年たった神戸を訪れた時には 復興の速さにびっくりした記憶がある。亡くなった大勢の人にとっては復興等という言葉を使ってもらいたくないのかもしれないが 少なくともこわれた高速道路や建物は 地震の名残というものは感じられなかった。 それに引き換え、福島は「故郷を奪われた」人々は二度と同じ地に住むことはできないでいる。すべて放射能のせいで・・・言葉には言い表すことができないほどのつらいことではないだろうか。 管氏によると ◎ソーラーシェアリング(営農型太陽光発電)など再生可能エネルギーを活用することで日       本に必要な電力は100㌫供給可能 ◎原発ゼロでもCO2を削減し、全電力をまかなえる ◎原発は運転開始から40年が過ぎたら運転を停止し、廃炉にする ◎日本の原発をゼロにすることを退任後の政治活動の中心にするということを決意 これらのことをこの中で主張している。 ただ、「経産省は再生可能エネルギー発電があまりに普及すると原発の存在理由がなくなると考えているらしく いろいろ画策している」ことと 「40年が過ぎても例外として20年を超えない延長が認められ 高浜原発(46年)が再稼働されようとしている」 このような高いハードルもありそうだが 東芝や...

かっこいい大人

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  いじめにより引きこもりになって昼夜逆転の生活をしていた24歳の「人生」 一緒に暮らして生活を支えてくれていた母親が出て行ってしまい 昔両親と行ったことのある蓼科のマーサばあちゃんを訪ねていく。 そこの駅で出会った志乃さん、マーサばあちゃん他八ヶ岳付近にいる大勢の大人はみなかっこいい。人生は少しずつ変わっていく。マーサばあちゃんは認知症になっていて人生を孫とは認識できないが 周りにいるひと皆に誠実に接し、人生はマーサばあちゃんが昔からやっていた農法でコメを育て さらに大きく成長していく・・・・ 随所に塩で握った大きなおにぎりが出てきて「おいしそう~~」 実際には引きこもりの人が立ち直っていくのには なかなか難しいものがあると思うが いろいろな場面場面でぐっとくるものがあった。読み終わってからも気持ちがポッと温かくなれた。 この本を読むきっかけは ラジオで「原田マハ」さんの話を聞き、すごく筋がとおっている人!と思えて 「この人の本を一度読んでみよう」と思って図書館で探してみた。10冊くらいあった中のこれを借りて読んだが あとの本も読んでみよう。 

同窓会

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初めての作家さん、まったく何の予備知識もなかったが 題名にひかれて手にとった。 中学校の同窓会が開かれ、次の同窓会の幹事になった3人が 「これまでの同窓会に来たことのない人を参加させるには・・・」と考え、 昔の思い出をもとに何とかして一人でも多く、そしてこれまで来たことのない人を参加させようと苦労する話。 37歳になっている彼らだが 中学卒業からは20年以上たっているわけだし、皆それぞれに見た目はもちろん 中身も変化しているわけで・・・ この小説では 当時〇〇さんと 〇〇さんはつきあっていた、とか 〇〇さんは 〇〇さんに魅かれて、とか。 幹事の中の一人も わけありの女性に魅かれていて彼女が参加することにならないかと心のどこかでは思っている。 幹事さんは確かに様々な苦労をして会場設定をし、人を集めてくれているのだろう。 「クラス会に来ようと思うのは 会いたいと思う人がいるからだろう」とあったが、そうだろうか。それだけではなさそう。そして「〇〇さんには会いたくないから行きたくない」という人もいるはず。そして参加する、しないは個人個人の自由なわけで・・・・ どこにでもありそうな日常がつづられていて 私にとってはわかりやすい本だけれど つまらない、と思いながら読んでいたが 後半は一部ミステリーになってきて一気に読み進んだ。 私の場合、小学校の同級生とは 関西の自分、関東、北海道その他と遠く離れているにも関わらず 近くの友人と同じくらい連絡を取り合っている人もいるくらいで あらためてクラス会だから参加しよう、というのとは違い久しぶりに皆でおしゃべりしよう、っていう感じ。 その反面 中学校のクラスは担任がよくなく あまりまとまっていなかったし、 誰も幹事をする人もいなく これまで60年間一度もクラス会の話は出てこない。この先、もしクラス会を・・と連絡が来ても私はきっと参加しない。 昔同じ教室で学んだ人と会うよりも今近くにいる友人たちを大事にしたい、と思って 私も高校の同期会などには長い間出席しなかったが 一度出席してみたら 高校生の時には話したこともなかったような人と懐かしく当時の思い出話ができてびっくりし 不思議な感覚を味わった。その2年後また出席した。あの感覚はなんだったのだろう、その時間がとても大切な時間に思え とても楽しかった。学校の時とはやはりみな変わっていて 「え?...

感謝の気持ち

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  認知症専門の医師の講演を聞いた45歳の好太郎は有料老人ホームから認知症の父・茂一を、一念発起して、自宅マンションに引き取ることにした。勤務先には介護休業を申請して・・・・ 好太郎は 自分が【これまで世話になった父親への感謝の気持ちを胸に秘めて 介護をしたい。期待するのではなく感謝の気持ちをもてば 最高の介護ができる】と思うようになった。 この本の中でここが一番心に響いた。  親も子もそのような気持ちなら介護する方もされる方も幸せなこと、だと思う。そのように思うことはなかなか大変だと思うが・・・ 弟は離れて暮らしているが 兄夫婦が父親の世話をしていることに感謝の気持ちを表していながらも 父親の病気(前立腺癌)の治療法などについて判断を求められると「普段世話をしているのは兄さんだから・・・」と言い 兄夫婦の尊厳を失わないようにしつつも 弟夫婦なりの意見も伝え、なんてよい兄弟なんだろうと思った。 好太郎は 父が自分の名前を言ってくれない、 自分のことをわかってくれない、近所から苦情を言われるなど 様々な葛藤を抱えながらも日々奮闘している。 好太郎夫婦も弟夫婦も仲良く協力的な点もすごくできすぎ! 40代で介護休業の申請もなかなか容易ではなさそう! という面もあるが 認知症の患者さんに接するのは「嫌がることをしない・ 寄り添う・ 食事も無理して食べさせようとしない」など なるほどと思う点がいくつかあった。 臨終が近いと思われたときに(実際はそうではなかったが)好太郎が「とうさん!!名前を読んでもらえなかったけれど 最後は一緒に暮らせてよかったよ~」などとつぶやく場面では ぐっと来た・・・・ 近所トラブルなどのほか 徘徊問題,排泄問題など この中ではコミカルに描かれてはいるが 高齢になってくるとどうしても避けて通れない問題のようで いろいろ考えさせられた。

恋心ではない感情

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2003年の芥川賞受賞作品 題名が独特なので早くから気になっていたが 今回初めて 綿矢りさ さんを読んでみることに・・・。 綿矢さん 大学在学中に書いた小説で10代で芥川賞受賞とはすごいなぁ 中学生高校生の頃の複雑な心境を描いている小説。  高校生のころだったか、自分は姉や母との軋轢(?)にもやもやしたものを感じながらも 自分からは態度や口に表せないタイプなので ひそかに大学ノートに 周りの人々の名前を変え、自分を主人公にして細かい字で小説もどきの文章を書いていたことを思い出した。もちろん 文章力もないし、それほど他人をひきつけることのできる内容でもないので この作品と比較するのもおかしな話だが・・・  私は友人とよりも家族との意思の疎通をうまくとれなかった日々を 自分の中で整理したくて書き綴っていたように思う。断捨離が叫ばれた数年前、古い日記などともに これが出てきたが破り捨ててしまった。捨てる前にちらっと読んで 自分の幼さ、世間知らずな若い自分に あきれてしまった。  この「蹴りたい背中」は  女子高生ハツは 周りが幼く見えて群れを作っているのに嫌悪感を覚え、一人でいるが でも本当は寂しくて仲間に入りたいような・・・・要するにコミュニケーション力が足りない子。 「人にしてほしいなら、まず自分が与える」でも「やってあげたいことがないなら求めない」 それに気が付かず 周りを批判ばかりしている。ハツはそんな子。 「誰にも気にしてもらわなくてもいい」と口では言っているが 本当はやはり「誰かに認められたい」「認めてもらいたい」と強く思っているのだと思う。 同じくはぐれ者の  にな川君が気になって仕方がない。にな川君はモデルのオリちゃんの熱狂的なファン。そのオリちゃんに ハツがコンビニで出会ったことがあると聞いてから ハツに接触してくるようになる。いつしかハツは にな川君の部屋に入り込むようになる。ハツが にな川君にいだいている感情は 恋心ではない、と思う。しかし部屋中オリちゃんのものであふれかえっているにな川君と一緒にいるときに ふとにな川君の背中を蹴りたくなって・・・にな川君を蹴りたくなったのは二度あって、というか 二度実際に蹴っている。その時は きっとハツ自分自身に対しても「蹴りたい」気持ちがあったのでは?? ハツには絹代という一人だけ話せる友人がいる。この小...

時代を背負う

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 この作者は 社会学者として何回かテレビのコメンテーターの立場で意見を聞いたり 新聞のかこみ記事で「あーーいいこと言うな~」「うん、そうそう」などと思ったことがあって 図書館の書棚で目についたので借りてきた。 しかし、古市憲寿さんの何に感動したのか、何に対しての意見だったのかまるで覚えていない。私は読書をしても内容をすぐ忘れてしまうが それと同じで中身については記憶になくて何に対しての意見だったのかも忘れてしまっていて・・・( *´艸`) 情けない ( 一一) 平成になった1月8日に生まれたので平成(ひらなり)と名づけられたという、文字通り平成とともに生きてきた青年が元号が平成から変わることになり 「もう自分は生きている意味はない」と思い、安楽死を希望するというもの。平成くんの彼女愛さんの語りのように物語は進んでいく。 しかし、しょっぱなは ずいぶんあけすけな内容で「読むのをやめようかな?」と思ったが 読みやすい文章だったので 一気に読んだ。 2年間一緒に暮らしていた平成くんに「安楽死を考えている」と言われた愛は もちろん何とかしてその考えをやめてもらおうと いろいろ話すが 「人間は若い時の方が偉業を達成でき、その後は落ちていく一方・・・」とか何とか言って 考えを改めようとしない。平成が終わりにむかっていくにしたがって 愛も生きることの意味を考えるようになる。確かに長生きすることだけが素晴らしいわけではない。 二人は収入も多く、家賃130万のマンションで一緒に暮らしている。 食べ物も高級な料理名が次々出てくるし、洋服や靴もブランド名が出てくる。AIを駆使したようなグッズがたくさん出てきて 出かけるときの車を頼むのも レストラン予約もすべて家でスマホから。確かに昭和でなくて "平成”という感じはする。私でも知っているような実名の有名人も出てくるので 一瞬??と思う部分もたくさんある。 自分の最期は自分で決めたいという平成くんの気持ちはわからないわけではないが 大好きな人にはいつまでもそばにいてほしい愛の気持ちの方がどちらかというとぴったりくるし、  安楽死を希望する大切な人に全力で向き合っている愛の姿勢はとても素敵。 平成が終りに近づいたころ平成くんは これまで話してこなかった安楽死を望むことになった第一の理由を愛に告げる。でもだからと言ってやはり安楽死を肯定...

医療の現場

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最近の政治家は 明らかに不正行為をしていても 何かと言葉を濁し国民を欺いている。 ここ数年特にひどいように思われる。 いえ、政治家だけではない、新聞を見ていると連日のように会社のトップのパワハラ、セクハラ、郵便局員が顧客をだまして荒稼ぎ、アルバイトを雇って不正な署名活動、学校の先生が生徒に性的暴力等々。そして医師が母親と共謀して父親を殺したのでは・・との報道もある。 最近の世の中が大いに乱れているのを感じているときにこんな本を読んだ。 この本は 国立大学の最高峰の病院長が謎の死を遂げた。次の院長にはだれがなるのか?4人の副院長が候補にあがるが この4人とも相当な個性の あくどい医者である。 4人の副院長たちは あらゆる場所で自分が所属している科が 人間にとって最高であると主張し、譲らない。内科と外科の対立。メジャーな科とマイナーな科の対立。 ゴルフの途中にも お互いの欠点を言い合うし それどころか  二人の若い医師が結婚することになり、二人それぞれがたまたま対立する副院長に所属する医師だったため 祝宴のさなかにも お互いの科の欠点を言い合い、また自分の科を極端にほめて・・・・「なにもこんな場所でまで言わなくても‥」と思うような場面があちこちに出てくる。 久坂部さんの講演を聞きに行ったことがある。医師の父親の最後をみとった話をしてくれた。父親は医療をどちらかというと否定しておられ、治療を拒否したのだったと思う。ご本人も現役の医者だから この本の馬鹿バカしい争いも あながち作り話ばかりではなさそう・・・各科の良い面、悪い面を このあくどい個性の副院長を通して吐露しているのだろう。 これまで久坂部さんの「無痛」「老乱」「悪医」「芥川症」などを読んだ。この「院長選挙」は これまでとは違い どちらかというとコメディータッチの小説。登場人物にももじった名前を付けていてクスッとさせられる。  最後のほうで 院長選挙に関して看護部長にインタビューしたときの場面。「身近な現場にいられる立場として先生はどんな存在でしょうか」と質問した時のこたえ。 【立派な人もいなくはないけど 大半は人間的に未熟。医師になろうとした人は子供のころから がり勉で成績さえよければ親や教師にちやほやされて育っている、ちょっとけなされたり批判されるとむきになっておこる、無意識に特権階級意識を持っていて患者さんに...

心に流れる曲

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 北の町の小さなオルゴール店。この店主がお客様の心に流れている曲を耳に感じ オリジナルなオルゴールを作成してくれる。 本の装丁も素敵。 7つの短編集。 子どものころ、オルゴールがほしくてたまらなかった。自分は音楽的センスがあまりないので ただただ、夢がある音のように聞こえるオルゴールはあこがれだった。巻いたねじが終わりころになるとゆっくりになるのも かえって楽しかった。 思い出に寄り添う曲を店主が聞き取り それをオルゴールにしてくれる、なんて素敵なのだろう。ひょっとしたら自分では忘れているかもしれない過去の楽しい思い出を曲にしてくれて 自分が若返ったりして・・・・どの話もさっと読み進むことができ ポッと心が温かくなるような話ばかりだった。 必ずしも音楽そのものに思い入れがあるということではなく 人生で大事な場面にたまたま流れていた曲が心に残る曲になっている場合もある   そういうことらしい。 最後の話子どもがいない老夫婦の話が特によかった。 先月この作家さんの『ふたり姉妹』を読んで 探して借りてきた本。短編集はあまり好きではないがこの本は 読んでよかった~と思える本だった。

許せる?間柄

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 藤堂志津子さんは 出身地が同じなのと年代もそう離れてはいないので時々彼女の本を手にとってみる。 37歳の沙良と その母駒子の話。 何とまぁ、好き放題の母親かしらと思う。いくら娘にでも言っていいことと悪いことがあるだろう。自分の言い分をどこまでも押し付けようとする、こんな母親なら娘としてはストレスがたまるだろうと思う。子離れしていない母親ということだろうか。もちろん小説だから強調している部分があるだろうが・・・・ 多少なりともどこの家族にもありそうな話なのかもしれない。 沙良の弟一郎は亡くなった父親に似た性格なのか、頼りないところもある代わりにおっとりとしていてそれでいて肝心なところは心得ていて なかなかいい。 最後の章、一郎が急に婚姻届けを出し、駒子も沙良もびっくりさせられたところから始まるが一郎の嫁と駒子の関係、またそこで駒子が感じる沙良への愛、なんだかほっとさせられた。

性格の違い

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  初めて読む作家さん、図書館でなにげなくとり 「題」にひかれ手にとった。 都会の会社でのトラブルに心を病んで実家に戻ってきた姉の聡美、3つ下の妹愛美はマイペースで実家でずっと過ごしていたが 結婚をひかえていて これを機会に姉の東京のマンションで暮らしてみたいと言い出し、しぶる姉を説き伏せ 束の間 東京で暮らすことに・・。 ふたりの性格は 対照的。 生活圏がかわり それぞれのパートナーや友人とのかかわりが書かれている.姉妹とは似ているようでもあり、似ていないようでもあり そしてまたお互いをねたんだりうらやんだり・・・・親との関係も 親は子ども皆にたいして同じように接していても 子どもの方からすると 自分よりほかのきょうだいの方が優遇されているように感じるもの、という意味のことを書いてある記事を見たことがある。 ふたりの幼馴染の沙織との関係もなかなかよく書かれていて「うん、なるほど」と思った。 姉妹同士では話せない部分について 聞いてもらえたり…すでに結婚して子育てしている沙織もそれなりの苦労がある・・ということにも気づいたり・・ 後半は 一気読みした。 最後の方で二人が言い合いをする場面ではちょっとひやひやした。お互いを傷つけないように思いあいながらも 言わないではいられないような はげしい言葉が飛び出す。しかしこの言い合いで逆に二人とも 自分の本質に気付いたのかな。 お互いのパートナーの性格もずいぶん違うが この二人の男性がこの小説をぐっと面白くしている。 後半の流れで 「同じ作家の本をまた探してみよう」と思えた。

神が遣わした贈り物

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  人の心を理解し、人に寄り添ってくれる。  こんな動物は他にはいない。 表紙を開くとこのような文章が書かれている 一頭の犬をめぐる連作短編。直木賞受賞作。 ①男と犬 ②泥棒と犬 ③夫婦と犬 ④娼婦と犬 ⑤老人と犬 ⑥少年と犬 迷った犬ー とても思慮深い犬なのだが ーが様々な人に出会い、そのたびに違う名前を与えられるが かわいがられその人々を楽しませ、生活に潤いを与えている。そしてその時々に一緒に暮らす人々の心を和ませている。 人の心を読みとれるかのような犬のしぐさに「そう、そう…」と思ったり、話しかけた時の犬の表情に「かしこいなぁ、」と感心したり・・ 犬を飼ったことのあるものとしては 犬のかわいさやまるで人間の言葉を理解しているのではないか勘違いするようなしぐさには 感動する部分が多々あった。これを読んだ後には道路で散歩している犬に出会うと つい表情を見てしまい「なに考えているの?」「楽しい?」などと話しかけたくなる。 ただ、読み終えたときになんだか とてもつらさを感じる本だった。 図書館で予約してやっと借りることができ期待していた本なので ちょっとよけいがっかりした部分もある。